世界のむこう側へ

ほぼ失敗ばかりだけど、いろいろ実験しながら次世代のインターフェイスを探す旅をしています。

ニーチェから気づいた認知とコミュニケーションについて

久しぶりにブログ再開してみました

 

今回はここ最近で学んだことのうち、「コミュニケーション」について書いていこうと思います

ニーチェ先生が言う「事実はひとつかもしれないが、真実は人の数だけある」という言葉通り、一つの物事に対して様々な視点が存在しています

こと、複雑になった情報社会において伝え方ひとつで意味合いが大きく変わってしまう可能性があります

そこで真のコミュニケーション能力が、いかに大事か気づかされました

 

なぜコミュニケーション能力が必要で、その力の理解が深まるとどういうことが起こったか僕なりの見解と体験から書いていこうと思います

 

人に伝える難しさ

そもそも僕は、自分の思考していることを言語化して話すのが苦手(とくに多数に対して)というコミュ障です

しかし、経営をしていると必然的に当然のごとくコミュニケーションをとらなければなりません

しかも、かなりの頻度で重要なコミュニケーションを求められます

 

「いかにして相手に自分の考えていることを漏らさず伝えるか」

 

ここが出来ないと、会社を運営していく根本的な部分が揺らいでしまいます

 

なにかうまくいかないなーという感覚の時は大抵は、コミュニケーション不足になっていることが多かったです

コミュニケーション不足とは、多く話す。という意味ではありません

言葉を多く話す時、なにかしらの強制力が働いてしまうこともあります

 

より知ってもらおうと多くのことを話がちになってしまうのですが、これは自分の世界の「常識」を押し付けようとする行為なので、真のコミュニケーションとはいえません

 

上記のような状態になりがちなので、どうすればいいのか考えました

 

 

「常識」ってなんだっけ

そもそも、この世の中は自分自身でさえも把握できない混沌とした世界であるから、「常識」という一つの基準を設定し、相対的に世界を把握することで、自分が自分であることの意味づけ(定義づけ)をしているはず

 

インターネットが発達し、情報量が多くなるにつれて、より統一されたシンプルなルールが適用されるようになるので、個人の感覚は無くなっていき、集団の感覚に合わせるような動きに収束していくはずである

情報社会が進めば進むほど、人々は複雑な情報に対して疑うことをやめ「常識」という形骸化された視点に基づく事実を判断していく

 

そんな中で、いきなり「常識」の範囲外のことを言われると自分の定義が曖昧になってしまう恐れがあるので、拒否反応が起こるのではないか

なので、こいつ何言ってるんや?わけわからんな。

っていう具合になるのではないかと考えてみました

 

 

起業家ってなにしてる人だっけ

僕がイメージする起業家像とは、「常識」を常に疑うことで世の中を注意深く観察している人です

 

普段、自分たちの日常も視点を変えるだけでなにか特別なものが落ちている可能性があり、「常識」を疑い続けることで、もしかしたら様々なものが浮かび上がってくるかもしれないのです

 

「世界の隠されたなにか」を常に追い求めている人々を起業家と認識しています

  

あれ?

 

そうすると、「常識」というものを基準にしている人たちと「常識」を暴こうとする起業家ってコミュニケーション取れないんじゃないのか??

 

 

僕が学んだこと:「共通の常識を探す」

一見すると起業家は集団とは馴染めない存在であるはず

しかし、優秀な起業家は必ず集団をつくれる適切なコミュニケーション能力を有している

 

僕なりにいろいろな方にお会いしたり、本を読んで思ったこと

 

「とにかく人の話を聞き、理解する努力をする」

 

コミュニケーションとは、自分の常識と他人の常識をすり合わせる作業なのかと

「己の常識」を認知し、「他人の常識」を認知する

それがうまい人は素早く、共感を得られる

 

先日、Ciscoの伝説的CEOにプレゼンする機会をいただき、偉大な人物であると同時に自分の精進の足りなさを実感したのでコミュニケーションについて書いてみました

 

最後に彼から受けたアドバイスで一番印象深かった言葉で締めます

 

「いいか?大事なことは、Listen、Listen そして Listen だ」

 

 

シリコンバレーから学ぶエンジニアマネージャー論

エンジニアさんの獲得や魅力的に働いてもらう環境作りなどは、スタートアップにとって最重要課題だと考えおります

 

僕は、組織にとって一番必要なものは「ビジョン」だと考えておりますが、これは概念の話で

実際は、働く環境みたいなものが実質的な最重要項目であると思います

 

そのなかでも、環境のファクターとして組織を理解してエンジニアを理解することがいい環境を構築できるのではないかと

 

今回は、課題となるマネジメント論をRethinkDBのファウンダー・Salvaが、エンジニアマネージメント論を “44 engineering management lessons” にまとめていたのでご紹介します

 

個人的な解釈として、有能なメンバーを仲間にして、常にリスペクトしながら、意見交換は頻繁にしてビジョンを共有し、言うべきものは早期に伝える。ことが重要だな、と感じました

 

 

やるべきこと

  • 1) 有能なメンバを惹き付け、(報酬/トレーニング等で)報い、コーチし、長期に働いてもらうよう努めること。心配ごとを早めに聞き出し、できるものは対応すること。
  • 2) 各人が次に取組むべき一番重要な課題は何かを全員とコミュニケーションすること。
  • 3) 開発チーム内で合意に至らなければ、どうすべきか判断する。
  • 4) 情報のハブとなること。各メンバが取組んでいる内容を把握し、情報共有することで、当人同士だと気づかないかもしれないポイントを指摘してあげること。
  • 5) スケジュールやリリースの調整など全体のサポート。
  • 6) 期待される勤務姿勢やパフォーマンスの基準を浸透させる。立場の弱い者をいじめたり、パフォーマンスが最低基準に満たないメンバを解雇すること。

やるべきでないこと

  • 7) 自分でバグを修正したり、機能を開発してリリースはしない。意見が割れたときの意思決定ができる程度にコードを書くのはよいが、それ以上はやらない。
  • 8) クオリティとボリュームの両方で成果を判断しないこと。ソフトウェアエンジニアは工場の生産ラインではない。メンバの仕事ぶりに対するモニタリングの頻度が多過ぎると、有能な人が寄り付かないか、有能な人に正しいインセンティブを与えていないことになる。

モチベーションとカルチャー

  • 9) 採用と解雇の判断、及びチームで起きることの全てはマネージャーの責任である。
  • 10) エンジニアは売り手市場。メンバが貴方のチームで働いてくれるのは、貴方を信じているから。有能なメンバが働いてくれるのは光栄であると思うこと。
  • 11) 権限は所与のものではない。賢明な判断を続けることで、時間をかけて手にいれられるもの。
  • 12) どうしても必要となるまでは自分で意思決定しないこと。チームにアイデアを出させて、自分たちで決めるように仕向けること。
  • 13) もちろん、本当に必要であれば決断をする。曖昧な状態がチームの士気を下げる。
  • 14) どうしても必要となるまでは、自分でアイデアを持ち出さない。誰もが気兼ねなく提案をできる雰囲気づくりをすること。コードを書いているメンバは、マネージャーよりも必要な情報を持っている。チームに頼れば、よりよい意思決定ができる。
  • 15) 適切な意思決定プロセスとメンバとの良好な関係が築ければ、95%は大丈夫。カンバン、スクラムなどのエンジニア組織のためのフレームワークだけで事が本質的に改善されることはない。よいマネージャーが多少ましになって、ダメなマネージャーがやや悪化するだけ。

感情と人にありがちな問題

  • 16) マネッジメントというのは企業というカルチャーの中でたまたま名誉な立場に見えてるかもしれないが、単なるスキルセットの一つである。名誉というのは煩わしい存在で、その邪念から逃れることができれば、マネージャーとしての仕事がよくできるようになる。
  • 17) マネッジメントは軽蔑の的にされるものだが、その考えは無視すること。マネージャーを役に立たないと思う者は、人の組織のダイナミズムを理解していない。
  • 18) 何かがおかしいと思えば、おそらくそれは正しい。周りに流されて、その感覚を忘れてしまわないこと。
  • 19) 誰かを批判している自分は、おそらく間違っている。朝起きて、今日もダメなことをしようと思う人はいない。人と会話をすることで、95%の問題は解決できる。
  • 20) 人は本当の気持ちをなかなかシェアしてくれないもの。形式ばらない会話を心がけ、どうにか問題点を聞き出し、そして対処すること。
  • 21) チームはあなたにリーダシップを求めている。皆が、正しいことだとわかってるけど口にださないことを、勇気をだして言ってみること。
  • 22) チームのメンバが気づいていないかもしれないカルチャーの問題を見つけ、解決するために貴方は給与をもらっている。皆が、知るべきなのに気づいていないことを、勇気をだしてはっきり指摘すること。
  • 23) 有能な人を雇って、信頼して任せること。パフォーマンスのレビューは四半期に一度か、月次にとどめる。毎日やると、貴方も周りも気が狂いそうになるはず。
  • 24) ほとんどの知的な議論も、根底には感情の問題があるはず。それが何か見つけられれば、議論の効率は劇的に改善する。

意見の割れたときと

  • 25) 早く判断しすぎないこと。自分が思うよりも、実は間違ってることが多いもの。どのケースでも自分が正しいと確信があっても、皆が意見を述べるまでは待つこと。
  • 26) 皆の意見を聞いて、それをうまくまとめることで、「そういう言い方をすべきだったな。」とメンバは思うはず。皆の意見から何をまなぶことができたか、同意できるポイントは何かを挙げ、それから決断を伝えること。
  • 27) 一度決めたら、決定事項としてしっかり徹底させる。声の大きい者をなだめるために、皆の時間を浪費させないこと。
  • 28) 事態を変えるような新しい情報があれば、議論を再開すること。
  • 29) 属人的な理由で反対があったり、考え抜かれた結論に合意できなかったりすると、しこりが続く。
  • 30) 「知らなかったよ。」というのが、よくあるコンフリクトの原因。各人と話して、どう感じているか聞いてみて、皆にフィードバックする。それを繰り返す事で、ほとんどの問題は解決する。
  • 31) 皆の意見を聞いて、十分な時間をかけてもコンフリクトを解消できない場合は、言いづらいことを伝えるタイミングである。

言いづらいことのコミュニケーション

  • 32) 難しいコミュニケーションはなるべく早めのタイミングですること。遅らせるのは、事を悪化させるだけ。
  • 33) おそらくこうだろうと決めてかかったり、いきなり結論にいったりしないこと。心の中で相手が悪いと決めつけない。批判や、声を荒げたり、中傷したりはしない。
  • 34) non-violent communication(非暴力的なコミュニケーションスタイル)を心がける。人を攻撃せずに、誤りを正すのに最も効果的だと思う。意味の無いありがちなマネッジメント論に聞こえるかもしれないが、本当にこれは効く。
  • 35) 自分がどう感じていて、どうしてほしいと思っているか、勇気を持って伝えること。人は相手のもろさに共感できるが、自分の弱さには拒否感を抱くもの。もろさは弱みではない。
  • 36) メンバにも同様の礼儀正しさを期待すること。

毅然とした態度

  • 37) 人は相手との間合いを測っているものである。いつ引いた態度をとり、いつ強く出るべきかを知ることで、バトルの半分は決する。
  • 38) 貴方に対し、度が過ぎた行為があれば、毅然とした態度をとること。さもなくば、貴方のチーム内での立場が崩れる。
  • 39) 「それはよくないと自分は思うな。」としっかり伝えるだけで、ほとんどは十分である。
  • 40) 笑えないような状況を笑い飛ばしたりしないこと。本当の感情を伝える勇気をもつこと。
  • 41) 「それはよくないと自分は思うな。」としっかり何度伝えても、改まることのないメンバは解雇すべきである。
  • 42) 正常な感覚の持ち主であれば、人を解雇するのは本当に辛いことなので、やらなくて済むための理由探しをしてしまうもの。「うちの会社にフィットしないのではないか。」と継続的に感じるのであれば、自分の考えが正しいと勇気を持つべきである。
  • 43) 周りのプレッシャーに負けて、自分がそうだと思わない決断をしないように。その責任は押しつけられることになる。決断はマネージャーの責任である。
  • 44) 自分を信じること。馬上で不格好だと思うなら、騎兵隊を率いるにはふさわしくない。

 

 

 

 

 

 

革新的にみえても、実はルール自体は何も変わらない。という事実

IT業界にいると、結構な頻度で「イノベーション」という言葉を耳にします

イノベーション」とは、革新的な。既存の常識を根底から覆すことようなイメージで使われていることが多いです

 

イノベーションというと、シュンペーターを思い出すのですが

彼の中心には常にイノベーションがあり、イノベーションがなくなると市場が均衡状態に陥ってしってゼロ成長やでーという話をしています

 

イノベーションの類型として

 

・新しい貨幣の生産

・新しい生産方法の導入

・新しい販売先の開拓

・原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得

・新しい組織の実現

 

しかし、この時代にイノベーションなんて起きるのかな?と私は思っておる次第なのです

上記の類型を見てもそうなのですが、なんだかブルーオーシャン戦略にも似ているような気もしていまして、そんなユートピアはもう存在していなのではなのかなーとぼんやり思っております

むしろ、今後はディストピアまっしぐら!な状態なはずですよね

この辺りは、また別の機会にとっておいて

 

本日は、「イノベーション」という定義についてのお話を

 

イノベーションはIT業界と仲良しですが、もうひとつ仲良しな業界があります

 

「スポーツ業界」です

 

スポーツは常にイノベーションがないと均衡してしまう

まさにシュンペーターですね

経済とスポーツは似ているところもありますし

 

スポーツでのイノベーション例として、いつも挙げられるのが、初めて走り高跳びで背面飛びをした人です

 

フォスベリーという選手です

 

この人は、当時主流だった「ベリーロール」という躍進方法を、新たな躍進法で革命を起こし、オリンピックで優勝するなどした人物です

それ以降、ほぼすべての選手が背面跳びを採用したイノベーションの代表例として扱われています

イノベーション系の本とか読んでいると「常識の外」で発想されたアプローチでよく出てくるほどです

 

しかし、現実はちょっと違うみたいで

 

フォスベリーは、ベリーロールが苦手だったため、それまで得意だったはさみ跳びを、より記録が伸びるような跳び方へ改良していったのだ。はさみ跳びをするとき、お尻を高く持ち上げるようにしていった結果、背面跳びは生まれた。

 

だそうです

苦手だったものをちょっとずつ改良していった結果が背面飛びになったのですね

 

つまり、イノベーションは既存のルールの中にあった。ということです

 

イノベーションというと、なんだか突拍子もないものや、上記に記した、ブルーオーシャンのような誰も手を付けていない、なにか特別な領域に到達してはじめて起こるようなものに見えますが、実際はルールの中で問題や状況を細かく分析し、その内なるものから生まれ出される制約条件下で発生するものの気がします

 

イノベーションとは、内なる偶発性

 

一夜のうちに、ルールが一気に変わるような時代は終わり、地道に探し続けることで、結果イノベーションが起こるものなのではないか

 

なので、起業したからイノベーションを起こせるわけではないですし、皆さんが一様に起業家を増やす。とおっしゃっていますが、増やしてどうすんねん。って思う次第です

シュンペーター的に、経済成長にイノベーションが必要で、イノベーションを起こすのが起業家の定義なので、そういうことなのでしょうが

 

助成金とか新しいことやるよりも、もっと「内なるルール」自体を見直すほうがいいのではないかと

本当に経済を成長させたいって考えているのであればですが

 

結論として、イノベーションは簡単に起こらないし、ちょー地味な作業を繰り返さないといけないですね。ってことですかね

 

一夜にしてロックスターのような起業家に憧れて、昔起業してみて、現在思うことをつらつら書いてみました

 

 

 

人類は「何に価値をおいていたのか」そしてこれから先「何に価値をおくのか」

Webサービスを考える上で、グループインタビューやソーシャルリスニングを行い「実際、顧客がいるのか」を調査する機会があるかと思います

 

そこで下敷きになっているのが「生活者のインサイト」です

 

生活者のインサイトを知ることで、仮説が立ち、はじめて検証の意味が出てきます

インタビューをする前に「まず相手を知ること」から始めると、純然たる結果が得られるようになります

 

今回のお題は「生活者のインサイト」について焦点を当てていこうと思います


「生活者のインサイト」とは「何に価値をおいているか」を知る必要があり、人類のいままでの歴史などから価値の移り変わりについて知る必要があります

 

ここで、「ぼくたちの洗脳社会」という本をベースに進めていこうと思います

この本は、トフラーや堺屋太一などをベースに未来の価値をわかりやすく解説してますのでオススメです

 

簡単に説明すると、大きくわけて3つの革命が起こり、人類の生活が都度変化していった。という話です

 

ちょっと歴史の勉強にはいります

 

人類は、狩猟によって生活をしていました

「食べるモノ」に最大限の価値を見いだしていました

そこで起きたのが

 

「農業革命」


これにより、人々は狩猟をしなくて済むようになり「明日の食べ物の心配」しなくて済むようになります

人々は、定住し土地を開墾していきました

そうすると、今度は領地の争いが起きます

そこで、この問題を解決するコミュニティの主(領主)が現れます。領主を中心に、それぞれの役割(農奴)を果たすことで人々は食べるものの心配から開放されました

 

領主はコミュニティを管理し、農奴はその庇護のもと「食べるもの」の心配することがなくなる封建制度が誕生しました

食べるものの心配がなくなると、次に病気や死についての心配が生まれます

当時、医者などいませんので(いても医療技術という概念があまりない)神の思し召しが全てでした

ここで宗教などの精神的な考え方が発展していきます

 

<農業革命による価値の変化>
物質的なものから、精神的なものへ

 

この次に、「科学」が発展していきます

活版印刷や蒸気機関などが発明されると、精神的で抽象的なものは淘汰されていく時代がきます

ここで「宗教は死んだ」のです(死んだという表現は、世界の全てだったものが主役の座からおりたようなニュアンスです)

 

そして起こった

産業革命

 

聖職者などの特権階級は衰退し、昔は聖職者しかもっていなかった聖書はグーテンベルグによって、だれにでも読めるようになった

そうなると、宗教の矛盾や様々な解釈の仕方が生まれ「宗教万能説」が揺らいでくる

昔は貴族の楽しみだった演劇を、市民でも楽しめるように映写機が開発され、よりわかりやすく娯楽性を高め映画へと昇華された

このように、科学の発展のもと人々は自由経済競争社会を形成し、誰かの庇護のもと生活するのではなく、自分の力で労働の対価を受取ることで自分達で富を形成するようになり物質社会が到来しました

産業革命による価値の変化>
精神的なものから、物質的なものへ

 

しかし、人々は気づき始めました

科学が発展しつづければ、本当に人類を幸福へ導いてくれるのか

答えは出ていませんが、おそらくNoでしょう

たしかに便利になりましたが、ロケットができて我々の生活が幸せになりましたか?

インターネットが出来て幸せになりましたか?

ここで「科学は死んだ」のです(この表現も・・・)

 

そして、今日起こっている変化

「情報革命」


インターネットの発達にともない、高度情報化社会が到来しました

「高度情報化社会とは、相対的に一つの情報の数が増えているのではなく、ひとつの情報に対する解釈が無限に流通する社会」のことをあらわします

つまり価値判断や世界観が、事実よりもずっとたくさん流通される世界です

そこで到来したのが、イメージ競争社会
とにかく働いて、お金を稼ぎ、家を買い、車を買い、家庭を築くことこそ最上とされた物質主義時代から、より内面的なものを重要視するような社会です


より、自分らしさ人間らしたを重要視するようになる、お金よりも自分のもつ「クールなイメージの生き方」にこだわりを持ち始めます


なぜなら「科学は死んだ」から
もう科学的・合理的アプローチだけで、自分の問題を解決できるとは信じていないので、心情的な解決法を探るようになります

 

<情報革命による価値の変化>
物質的なものから、内面的なものへ

 

これから到来するのは、だれもが影響力を与える時代
ディズニーランドのような、強固なイメージを保持しているものに憧れを感じるようになります
そのイメージを発信することに価値を見いだし、より内面的なものに価値を感じるようになっていくのです

 

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いかがでしたでしょうか

だいぶ脚色はしたのですが、周りを見ていてもだいたいこんな感じじゃないでしょうか


なにが重要なのかが、変化している

 

そして、これからなにが重要になってくるのか

 

生活者のインサイトを知り、今後未来予測をしていくにあたっての根底的な部分は、参考になるのではないでしょうか



攻殻機動隊から見た「自己とは、何者なのか?」について

攻殻機動隊というマンガをご存知でしょうか

舞台は2030年
人は「電脳化」という、脳にマイクロマシンを注入し、直接インターネットにアクセスするというシステムが一般化しています

人々は常時、インターネットにアクセスし情報を出し入れすることが可能になりました

このシステムが一般化することで、人と情報と機械が密接な関係を構築することになります

ハイパーリンクで仮想現実世界がつながり
電脳化によって仮想現実世界と現実世界がつながる

そのハブになっているシステムが、クラウドだったり、ビジュアルコンピューティングであったり、AIだったりします
ビジュアルコンピューティングに関しては、IRシステムというシステムがインフラとして存在して、即座にデータベースから個人の脳に直接、データが送られる仕組みになっています
AIに関しては、播磨学園都市という筑波みたいなシンクタンクで発表されたニューロチップ(神経素子)が基礎になり、ロジコマというAI制御型戦略戦車が開発され実践投与されています
このAIは並列処理され、各戦略戦車が得た経験値を並列処理することで、状況をパターン化して最適解を統計的に導きだすという仕組みです
が、途中からAIに自我が生まれて初めます
かなり主観なのですが、攻殻機動隊の面白い部分はまさにここにあると思います

電脳化された人間、義体化された人間、サイボーグ、アンドロイド、ガイノイド、戦略戦車

どこからが人間と定義されるのでしょうか

そして、人格という定義はなんなのでしょうか

知識は人間も機械も並列処理されるようになれば、その知識は果たして本当に自分のものなのでしょうか

作中では「ゴースト」という表現を用いて、自分のアイデンティティ(自己?魂??)を表現しています

では、タチコマが自我に芽生えたのは「ゴースト」が備わったから?
ということは、ゴーストとは後天的なものになるのかもしれない

そうしたら自分のゴーストは、果たして先天的なもの?後天的なもの?
後天的なものならば、自分はタチコマとなにが違うのか
同じではないか

と、まぁこんな具合でループに入っていってしまう楽しい作品なので、是非機会があればご覧になってみてください

コンピュータと人間のコミュニケーションについて

コンピュータは元来、入力に対して出力を返すだけの機械だ

入力=命令がテキストによって表現され、その入力に対して、プログラミングされたものを返す

ところが現代では、スマホタブレットに端末が変化することによって、入力する方法が変わるのではないかと考えられる


ここに、非言語コミュニケーションへシフトされる変わり目が見て取れそうだ


そこで、出てきているのがIoTというマジックワード
IoTとは、internet of thingsモノのIT化のことです

コマンド入力を人が手作業で入力するのではなく、センサーによって機械と機械がコミュニケーションをとり、勝手に入出力を行うのです

 

しかし、まだM2M(マシン間)は人間にとって早すぎる段階なのではないかと感じる

感覚として、勝手に情報が抜き取られるというイメージがありそうだからです

 

情報がもっと増え、人間が処理しきれない限界値を超えると、思考は停止し機械に委ねる時代が来ると思われます

 

そこではじめてIoTとなるのかなと


どういう形にしろ情報はそれこそ宇宙のように無限増殖していくわけですので、少なからずコンピュータと人間の関係性は進化していくと想像できます

 

インターネットの非言語とは、コンピュータの入力コマンドが、言語からなにかに変わるための進化の必然なのではないでしょうか

恐怖心は自分の中から生まれる

会社を運営していると、常に恐怖心との戦いに苛まれる

 

「このトラブルどうやって対応しよう」

「あぁ、もう終わりかも」

「やっていることは誰かの役に立っているのか」

 

などなど、やっているととにかくトラブルだらけで精神的に追い込まれます

 

そういうときには「怖じ気づいたら負けだ」といつも自分にいい聞かせるようにしている

 

どうしよう。。。という恐怖心によって、心が支配されてしまうと、その状況を打開する案が見えなくなってしまう

そうなると自然と破滅の道をたどってしまう

 

世の中の悪い事のほとんどは、自分のなかの恐怖心が起因している

恐怖心は目も口も耳も塞ぎ、思考を停止させてしまう

 

しかし、恐怖心とは自分の心のあり方です

 

心のあり方をコントロールすることこそが、物事をうまく運ぶ秘訣なのではないかと最近思うようになってきた